名も無い教員が、淡々とした生活を淡々と記録。
(追記:2016年11月13日)
ときどき世情に対して思うことが生じるので、そのときは適当な放言を記録。
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昨日も細かい入力をしていた。簡単な数値例を作って何が起こるのか確認した。ようやく一段落したので、今日からは書類作りをする。型はあるので3日くらいで仕上げたいところだが、果たしてどうなることか。
1週間で3つの棄却手紙をもらったのだが、もう過去の事のようになっている。痛覚が鈍っていることを再確認することになった。再投稿要求と棄却の境界線上にあったりすると、最後は感覚での判断になることを了解してからは、決断する人の感覚に客観性を持たせるための文章(作品)として査読報告を読むことにしている。ごく稀に、こいつ阿呆かと思うこともあるが、怒っても意味が無い。決断が変わるわけでもないから。何かが足りなかったのだから、その何かを探る作業をした方がいいだろう。
1週間で3つの棄却手紙をもらったのだが、もう過去の事のようになっている。痛覚が鈍っていることを再確認することになった。再投稿要求と棄却の境界線上にあったりすると、最後は感覚での判断になることを了解してからは、決断する人の感覚に客観性を持たせるための文章(作品)として査読報告を読むことにしている。ごく稀に、こいつ阿呆かと思うこともあるが、怒っても意味が無い。決断が変わるわけでもないから。何かが足りなかったのだから、その何かを探る作業をした方がいいだろう。
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慣れ 2011/10/14 11:28
初期の段階で2通は凹みますね。7年前にはこんなことがありました。このころから考え方は変わっていないようです。
10日間で3つの不幸の手紙をもらうという事態が発生した。これに加えて、一昨日書いた内容が実現すると、2週間で4つということになりうる。もう、諦めが入っているので、あまり感情の変化が起こらない。そういうものと思い、その事後策を考えることに頭が切り替わっている。良いことか悪いことかは分らないが、講義や学内の仕事もあるので、あまり気にならなくなっているのかも知れない。たまにはこういうこともある、と諦観しているのかもしれない。兎に角、レフェリーレポートと投稿論文を見比べて、事後策を考える以外に術は無い。
10日間で3つの不幸の手紙をもらうという事態が発生した。これに加えて、一昨日書いた内容が実現すると、2週間で4つということになりうる。もう、諦めが入っているので、あまり感情の変化が起こらない。そういうものと思い、その事後策を考えることに頭が切り替わっている。良いことか悪いことかは分らないが、講義や学内の仕事もあるので、あまり気にならなくなっているのかも知れない。たまにはこういうこともある、と諦観しているのかもしれない。兎に角、レフェリーレポートと投稿論文を見比べて、事後策を考える以外に術は無い。