名も無い教員が、淡々とした生活を淡々と記録。
(追記:2016年11月13日)
ときどき世情に対して思うことが生じるので、そのときは適当な放言を記録。
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昨日は地味に計算をした。3つの場合を地味に計算したのだが、結局、全て同じ形式で表現できることが分かった。地味な手計算は重要であることを再確認した。しばらく、こんな地味な作業を続けることになるはずだが、こういう作業は合っている気がする。兎に角、感情を消して、黙々と匍匐前進する感じが、心に癒しを与える(嘘)。
今日は会議や定期試験の試験監督などがあって、自由な時間は多くないが、この様な細切れの時間をどの様に使うかで、成果が大きく変わってくる。少しでも有効に使えるような工夫が必要だ。
追伸: 岡村靖幸、また消えた。「♪どうなっちゃてんだよ…」、といった感じだな。。。。
今日は会議や定期試験の試験監督などがあって、自由な時間は多くないが、この様な細切れの時間をどの様に使うかで、成果が大きく変わってくる。少しでも有効に使えるような工夫が必要だ。
追伸: 岡村靖幸、また消えた。「♪どうなっちゃてんだよ…」、といった感じだな。。。。
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査読の結果が返ってきたが、もう一度、書き直すことになった。書き直すというよりは計算を加えることになった。一般化できるから一般化しろというもの。何となくできそうな気もするのだが、よく分かってない。時間もできつつあるので、さっさと取り組むか。。。
今日は試験監督がある。それまで、十分な時間があるので、黙々と上記の確認をする。これに飽きたら、別の作業をする。兎に角、黙々と今ある仕事をやり続ければ、そのうち、また、何か考えたくなるだろう。まずは、今ある案件を完成させることが重要だ。兎に角、日々、匍匐前進を心がける。
今日は試験監督がある。それまで、十分な時間があるので、黙々と上記の確認をする。これに飽きたら、別の作業をする。兎に角、黙々と今ある仕事をやり続ければ、そのうち、また、何か考えたくなるだろう。まずは、今ある案件を完成させることが重要だ。兎に角、日々、匍匐前進を心がける。
最近、また、太宰を時々眺めている。読んでいるという程、集中して読むのではなく、寝る前に、ちょっと文章を眺めている(そうすると、すぐに眠れる)。その中に、こんな文章が出てきた。
所謂「落ち」を、ひた隠しに隠して、にゅっと出る、それを、並々ならぬ才能と見做 す先輩はあわれむべき哉、芸術は試合でないのである。奉仕である。読むものをして傷つけまいとする奉仕である。けれども、傷つけられて喜ぶ変態者も多いようだからかなわぬ。
所謂「落ち」を、ひた隠しに隠して、にゅっと出る、それを、並々ならぬ才能と
(太宰治「如是我聞」より)
これは文学に限ったことではないと思う。学術論文などでも同じことがいえる。査読論文の場合、試合という側面はあるが、それ以前に、奉仕の部分が無いと試合にすら臨めず、査読の前に編集長から断られる。
最後の「傷つけられて」という部分も対応する例は今でも沢山存在し、簡素な表現を使えるのに、(自分の無理解を隠すために)何やら難解な文体を使って文章を書く人が実際に存在するし、これを崇め奉る人も沢山いる。最後の部分に関しては、こういうものを良しとする集団がいるのであれば、それで良いとは思うが、何か釈然としない・・・・(その文章の目的が、自分の優秀さを訴えているだけとしか思えないものが多いような気がするのは気のせいだろうか)。
今日も黙々と計算をする。昨日は、ひたすらに数値を取っ替え引っ替えして扱っている状況を把握していたのだが、まだ、完全には整理できていないので、今日は、この続きを黙々と行う。
これは文学に限ったことではないと思う。学術論文などでも同じことがいえる。査読論文の場合、試合という側面はあるが、それ以前に、奉仕の部分が無いと試合にすら臨めず、査読の前に編集長から断られる。
最後の「傷つけられて」という部分も対応する例は今でも沢山存在し、簡素な表現を使えるのに、(自分の無理解を隠すために)何やら難解な文体を使って文章を書く人が実際に存在するし、これを崇め奉る人も沢山いる。最後の部分に関しては、こういうものを良しとする集団がいるのであれば、それで良いとは思うが、何か釈然としない・・・・(その文章の目的が、自分の優秀さを訴えているだけとしか思えないものが多いような気がするのは気のせいだろうか)。
今日も黙々と計算をする。昨日は、ひたすらに数値を取っ替え引っ替えして扱っている状況を把握していたのだが、まだ、完全には整理できていないので、今日は、この続きを黙々と行う。
昨日、4人で1時過ぎまで飲んでいた。博士論文発表会を受けてのことなので、話しの内容は、それが中心だった。発表会での内容は、良くも悪くも指導教員の色(指導方針など)が明確に反映されていたと思う。今後、この様な企画が続くか分からないが、研究科全体としては意義のある企画だと思う(教育成果の確認や院生の発表機会確保など、その役割は大きい)。
今日は地味に計算結果の確認と、その整理をする。かなり煩雑なことに為っているので、もう一度、頭を整理しなくてはいけない。
今日は地味に計算結果の確認と、その整理をする。かなり煩雑なことに為っているので、もう一度、頭を整理しなくてはいけない。
今日も研究発表会がある。参加する。これで、5日連続の発表会参加となる。それも、それぞれ2つ(以上)の論文。
昨日、某誌のRSSによる通知が来た。ここの雑誌は自分好みの論文が多いので、眺めることが多い。今回も、「へー」と言いたくなるようなものがあったので、これから眺めることにする。
明日は、某誌の査読報告書を書く。ただ、それよりも前に既存研究との比較をしなくてはいけないのだが・・・・・。その比較をした後に、今回の論文を評価したい。最近、この手の仕事が遅くなってしまい、読んでから2週間くらい経ってから書くという阿呆なことをしている。集中力が落ちている証拠だ。これでは、非効率だ。
昨日、某誌のRSSによる通知が来た。ここの雑誌は自分好みの論文が多いので、眺めることが多い。今回も、「へー」と言いたくなるようなものがあったので、これから眺めることにする。
明日は、某誌の査読報告書を書く。ただ、それよりも前に既存研究との比較をしなくてはいけないのだが・・・・・。その比較をした後に、今回の論文を評価したい。最近、この手の仕事が遅くなってしまい、読んでから2週間くらい経ってから書くという阿呆なことをしている。集中力が落ちている証拠だ。これでは、非効率だ。